
左京区に関わる素敵な変人インタビュー
困難を抱える少女や女性のために奮闘する変人
一般社団法人 京都わかくさねっと
事務局長
北川 美里 氏
プロフィール
1964年神戸市生まれ。株式会社電通入社、博覧会や社内広報誌の編集を担当。博覧会の図面から建築に興味を持ち京都工芸繊維大学に入学、まちづくりや伝統建築の研究をする。結婚退職後も建築の研究に関わる。2003年より京都保護観察所の内勤保護司として受付事務に従事。2015年に京都府更生保護女性連盟事務局長、2019年に京都わかくさねっと事務局長。2023年に拠点を左京区に移し1階のカフェで交流や食事、2階ではゆっくり眠れる安心・安全な場を提供している。
家に帰りたくない。話せる家族がいない。そういう少女たちがいる。
そこから犯罪に巻き込まれるケースも少なくない。
そんな彼女たちのために、安心・安全で、かつ、話しても話さなくてもいい、
あたたかい場「京都わかくさねっと」を立ち上げた北川美里氏に、
こうした活動に関わるようになったきっかけなど伺った。
——「電通」にお勤めのときも地域活動や福祉に関わっておられましたか?
会社では主に社内報の編集をしていました。私が地域に関わるようになったのは、阪神・淡路大震災がきっかけです。当時、各地域の状況を把握・支援するため、日本建築学会を中心に「まちづくり協議会」を取りまとめる組織をつくり、その調査に参加したのがボランティアの始まりでした。兵庫区と長田区で育った私は、自分の原風景が突然消えてしまったショックと、震災時は神戸にいなかった罪悪感のようなものから熱心に関わりました。私は子どものころからしゃべることや自己表現がすごく苦手だったんです。でも、その活動で、自分の言葉で主体的に話す私と、それを聞いてくれる人がいることに気づきました。ボランティアって対等な関係ですよね。すごく受け入れてもらえて面白いなと感じました。以前は地元があまり好きじゃなかったんですが、その時初めて、私をのびのびと育ててくれた地域の人たちの懐の深さに気づいて感謝するようになりました。
——建築との関わりのきっかけは?
小さいころから部屋の間取りを空想する子で、大学生の時に芦屋の山邑を見学したとき、建築の表現の面白さに気づき、それから建物、特に、住宅設計に関心を持つようになりました。電通の仕事で設計図を見ることが多く、建築を本格的に学びたくなり、職場から大学に通うことが許されたときは本当にうれしかったです。神戸の自宅、大阪の職場、京都の大学の往復も、まったく苦になりませんでした。いまも、京都市文化財マネージャーとして細々と活動しています。
——福祉の世界に入ったきっかけは?
下の子が生まれたころ、知人に「内勤保護司をやってみないか」と誘われて。当時は、保護司というものすら知らなくて「誘われたから面接だけ行こう」ぐらいに思って行ったのが、京都保護観察です。面接で、加害者に一生懸命向き合っている人たちがいて、すごく熱く語られて。そんな世界があるのか!と興味がわいて、気づいたら「採用してください!」とお願いし、10年間働きました。その間、千人以上の人と出会って、話を聞いてきましたが、私には本当に悪い人に見えなかった。だれも最初から犯罪者になろうと思っていたわけではないはずですよね。貧困、虐待、いじめや不遇感、孤立などが重なって、切羽詰まって至ったのが犯罪ではないか。犯罪は、個人のせいだけではないはずだと強く思うようになりました。
——貴団体を立ち上げたきっかけは?
一度、現場から離れ、2015年京都府更生保護女性連盟の事務局に戻り、各種団体が抱える課題解決のため同志社大学大学院に入りました。当時の恩師が、弊団体の理事・新川達郎先生です。そのころ東京で瀬戸内寂聴さんたちが困難状況にある少女支援の団体「若草プロジェクト」を立ち上げ、法務省を通じて連盟にも声がかかり、2016年連盟の事業として設立したのが始まりです。当時、更生保護女性連盟の地区の会長をしていたのが渡部で、新しいことをする時には必ず一緒に応援してくれる人だったのでサポートをお願いしました。当初は、活動の方向性が定まっていませんでした。現代の女の子には生きづらさなんてない、と考える人が多く、専門家を呼んで講演会や勉強会をすることから始めました。その後、女性の自立援助ホームの退所者の居場所づくりをすることになりました。最初、こちらの思う支援をしても、女の子たちとの関係が築けませんでした。「私たちが間違っている。まず、この子たちの話をすべて聞こう」と渡部が気づき、「なにが食べたい?」「なにがしたい?」と聞きました。それさえ言えなかった女の子たちが、だんだん自己主張できるようになり関係性ができました。彼女たちから教わることも多く、この活動が必要だと確信しました。専門家がなにかを教えるのではなく、対等な関係で、ただ一緒にいるだけ。女の子たちは、少しずつ自分の気持ちを話してくれるようになり、お互いの悩みを共有するなかで、いつの間にか元気になっていく。少女主体の居場所「わかくさリビング」も、自分たちで助成金を取ってみんなで作りました。近隣住人に出ていくように言われたこともあるけれど、転々としながら活動を続けてきました。この場所に移転したのは、少女たちが閉ざされた居場所で元気になっても、社会に出ると、また辛くなって帰ってくるから。地域と少女が交流する開かれた場所が必要と感じ、ここを借りることになりました。今では、女の子はもちろん、近所のお年寄りや、子連れの親子、留学生も来ます。
私たちの居場所は、名乗らなくても、肩書きや所属を説明しなくても大丈夫。来たい人が来られる時に来る。ただ一緒にいるだけでもいいし、話したくなったら話してもいい。必要な時には無料の食事も用意します。序列も、同調圧力もいりません。思ったこと、やってみたいこと、困りごとを持ち寄って、みんなで確かめ合いながら解いていく……そして、なにも強制しない。そんな自由な場をつくっています。なぜこんな場が必要か。それは、今の社会が「平等」を掲げながらも、格差や孤立を生みやすい構造を抱えているからです。生きづらさは少女だけのものではなく、だれにでも起こり得る。でも、人は関係性の中で回復していける。その確かな手応えを、この場で何度も見てきました。この関係性の輪が広がれば、社会はもっと生きやすくなると信じています。振り返ってみると、主体的に選んできたというより、気づけば目の前の扉が開き、だれかに必要とされ、使命かもしれないと思ってきました。でも、今は、次の一歩をだれかと一緒に選び直していくことにワクワクします。
——今後どうしていきたいですか?
いま、仲間を探しています。この活動は本当におもしろいです。専門性のある方も歓迎ですが、しんどさを知っている当事者の経験は大きな力になります。朝ごはんを一緒に作ってくれるおばちゃん、勉強を見てくれる学生さん、話を聴いてくれるあなた……肩書きに関係なく、ぜひ、私たちの輪に入ってください。この関係性を社会に広げていきたいです。
「わかくさリビング」はまるで「遠い親戚」「おばちゃんち」といった和やかな雰囲気
「わかくさリビング」クラウドファンディング
学校・社会・家庭から孤立し、信頼できる本音で話せる相手がおらず、それが生きづらさに繋がっています。少女の居場所「わかくさリビング」では「食事」と「関係性」提供するサポートしています。あなたも支援してみませんか?
一般社団法人京都わかくさねっと
京都市左京区田中西浦町19(羊角湾カフェ)
月・火・水 10時〜14時 わかくさカフェ
金 17時半〜20時 大人こども食堂 ほか
■公式サイト:https://kyotowakakusa.net/
■インスタグラム:https://www.instagram.com/wakakusanet/
